大阪都構想 滋賀県の浮揚に有益かで判断   滋賀県議会議員 ありむら国俊

2020年11月5日

大阪市民による2度目の大阪都構想を巡る住民投票は、5年前と同じく大阪市の存続が選択されるに至りました。日本の住民投票の歴史に残る激動の1ヶ月でもありました。

大阪都構想は「大阪市の案件なので自分には関係ない」というお声もありますが、私は国内に2箇所の都が存在することによって、首都機能が分散される可能性が高まり、関西勢の滋賀県が有益性を打ち出すチャンスと捉え関心を寄せていました。

さて、松井市長は任期満了で政界の引退を改めて表明し、意外だったのは吉村知事も任期中に進退を考えるとして同時期に政界の引退を示唆したことです。

余談ですが、明治維新直前の混沌とした幕末、1860年に私の4代前の有村雄助(兄26歳)・有村次左衞門(弟23歳)が祖国と薩摩藩のために命を投げ打った関係から、どのような姿勢で「大阪維新の会」とネーミングされたのか設立当初は疑問も抱きました。しかし、その後は破竹の勢いで改革を進め、最後は自ら身を切る覚悟を決めた橋下市長(当時)も松井市長も現代の武士(もののふ)と思います。

ところで、大阪都構想は関西州・道州制を目標としたものですが、遡ること7年前、嘉田知事(当時)と私が県議会議場で珍しく意見が一致したのが「京滋合併」の議論でした。(滋賀県議会HP議事録 有村国俊 平成25年6月分)

広域自治体(京都府・滋賀県)が実現すれば国際競争力を高め、大阪府と互角にわたり合うポテンシャルを発揮すると考え、懇意にしていた京都府の山田知事(当時)と府庁の知事室で一対一の話し合いを数回行いました。山田氏は「京滋合併後の本庁は大津市に置いてもいい」という趣旨の発言を京都府議会で表明して下さいました。私の本音は、大津市ではなく少しでも大阪府から離れた場所、地元の近江八幡市や竜王町がベストです!

何れにせよ、物理的に琵琶湖がある事情を勘案すれば、滋賀県内19市町を4特別区(湖東、湖西、湖南、湖北)とする議論がいつか必ず起こるはずです。

そろそろ、道州制の議論も国会で再燃して頂きたいですし、滋賀県の浮揚のために新たなターニングポイントも探っていきたいと思います。