ウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏の顕彰を。  滋賀県議会議員 ありむら国俊

2024年4月10日

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏(以下ヴォーリズ氏)は、1905年に滋賀県立商業学校(滋賀県立八幡商業高等学校)の英語教師として来幡され、1964年に83歳の生涯を終えるまで、伝道活動、教育、医療、福祉、建築事業など、あらゆる分野で多くの人々と力を合わせて活動されました。

私たちに馴染みのある主なところでは、メンタームの(株)近江兄弟社、ヴォーリズ記念病院、ヴォーリズ学園などではないでしょうか。

さて、ヴォーリズ氏の存命時代だけでもヴォーリズ建築事務所が手がけた建築物は国内外で2千箇所にも及ぶそうです。「建築物の品格は、人間の人格の如く、その外観よりもむしろ内容にある」とヴォーリズ氏が唱えた洋風建築は、どれも必要性と実用性を十分に発揮する優れたものでした。

近江八幡市内には20余りの建築物が現存しますが、県外にご縁のある建築物を調べたところ、東京では、国際基督教大学、東洋英和女学院大学、明治学院大学、山の上ホテルなど。関西では、同志社大学、関西学院大学、神戸女学院大学、大同生命肥後橋ビル、大丸心斎橋店、大丸神戸店、神戸ゴルフ倶楽部、東華菜館などがあり、教会や個人邸宅も驚くほどの数を見つけました。

また、ヴォーリズ氏は華族の一柳末徳(子爵)三女である満喜子夫人の旧姓から「一柳米来留」(ひとつやなぎ めれる)」と名乗り帰化されました。「米来留」とは「米国より来たりて留まる」の所以だそうです。

ヴォーリズ氏が「八幡は日本の中心であり世界の中心である」と言われたその精神は、今日の近江八幡市(名誉市民第1号)に脈々と繋がり、全国においても様々な団体が事業を受け継ぎ活動されています。 今年(2024)はヴォーリズ氏の没後60年、来年(2025)は来幡120年の節目の年でもあります。改めて、私自身もヴォーリズ氏の軌跡をたどり、ご縁のある建物を訪ね、ヴォーリズ氏由来の方々と協力し、幅広く滋賀県民の皆様にヴォーリズ氏の歩みを顕彰する機会を模索していきたいと考えております。